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2006年5月 6日 (土)

呉秀三訳注『シーボルト江戸参府紀行』

呉秀三氏は1932年没。

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シーボルト江戸參府紀行目次
  序説
 一  シーボルト及その江戸紀行
 一  例言
   第一
千八百二十三年の「バタヴイア」より日本への旅行
   第二
江戸幕府への千八百二十六年の旅行
 一 千八百二十六年の江戸旅行の前書き
 二 長崎より小倉までの旅行
 三 小倉より下關へ渡航・下關滯留
 四 下關より室への旅行・室の滯在
 五 室より大阪への陸上旅行
 六 大阪・京都の滯在
 七 京都より江戸への旅行
 八 江戸の逗留
 九 江戸より京都への歸路
 十 京都滯在・大阪へ歸旅
 十一 大阪の滯在
 十二 大阪より長崎の歸路

2006年5月 5日 (金)

幸田成友訳『日本大王国志』

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フランソア・カロンの生涯
 第一章 料理方手傳から通譯まで(一六○○年-二九年)
 第二章 平戸及び江戸 附「カレリック教師の大陰謀」(一六三〇年-三五年)
 第三章 カロンと長崎奉行(一六三六年-三八年)
 第四章 日本における商館長(一六三九年-四〇年)
    一 臼砲獻上
    二 日葡貿易
    三 日支貿易
    四 平戸商館の破壊
 第五章 カロン夫人(一六四一年-四二年)
 第六章 セイロン島遠征隊司令長官(一六四三年-四四年)
 第七章 臺灣長官(一六四四年-四六年)
 第八章 バタピヤ商務總監(一六四七年-五○年〉
 第九章 失意時代(一六五一年-六五年)
 第十章 佛蘭西に仕へて(一六六五年-七三年)
  一 佛國東印度會杜首席理事
  二 スーラットにおける英佛の競爭
  三 佛國波斯艦隊の來援
  四 トリンコマリ陷落
  五 力ロンの最期
 第十一章 人物
 第十二章 著作

附録
   其一 カロンの子女
   其二 日本大王國志の寫本及び版本

強き王國日本の正しい記事
 第一問 日本國の大さは如何に、また日本は島嶼なりや
 第二問 如何に多くの州を含むか
 第三問 日本における最上支配者の有すゐ特質と権力とは如何に
 第四問 陛下《マエステート》は洳何なる住所・地位・及び行列を有するか
 第五問 兵士の員數と彼等の武器
 第六問 顧問官《ライクスラート》及び臣下の權力
 第七問 諸侯及び領主の特質とその勢力
 第八問 彼等の收入は如何に、またその收入は何より成るか
 第九問 處刑の方法は如何に
 第十問 知何なる罪科が嚴罰に處せられるか
 第十一問 住民は如何なる宗教を奉ずるか
 第十二問 如何なる寺院を有するか
 第十三問 如何なる僧侶を有するか
 第十四問 如何なる宗派を信ずるか
 第十五問 ローマ派耶蘇敖徒の迫害
 第十六問 如何なる家屋に住し、如何なる建具を使用するか
 第十七問 何を以てまた如何に來客を接待するか
 第十八問 結婚生活について
 第十九問 子供の教育
 第二十問 遺言なき時の相續は如何に
 第二十一問 國民は信用すべきか、すべからざるか
 第二十二問 その國にては如何なる貿易が如何なる國民によつて行はる丶か
 第二十三問 如何なる内地商業及び外國航海を有するか
 第二十四問 商業の利益
 第二十五問 外國との交際
 第二十六問 日本の物産
 第二十七問 貨幤及び度量衡
 第二十八問 鳥獸類
 第二十九問 鑛泉
 第三十問 如何に國王・諸侯・領主・及び貴族は陛下に謁見するか、彼等は如何なる行列を有するか
 第三十一問 彼等の言語・寫字・計算の方法、子孫に歴史を公開するか

日本においてローマン・カトリック宗なるため、恐るべく堪へ難き苛責を被り或は殺された殉教者の歴史 ライエル・ハイスペルツ記
一四二六年十月二十日、内裏が日本の皇帝陛下を訪問せられた時、京の町で擧行せられた大豪華の祝典の記事 和蘭東印度會社から前掲皇帝陛下の許に汲遣せられ、盛儀を目撃したコンロート・クランマー記
長崎の町長シラゲモンドノから總督その他に宛てた日本文の手紙の飜譯
  商人頭ヤン・ファン・エルセラックより送附、一六四二年十月二十八日附
日本の貿易に關し、印度總督から本社の理事會に送つた報告の抄録
日本における東印度合衆和蘭會社が支那貿易を獲得した場合に受くる利益・有用・及び效果の略説  レオナルト・カンプス記
暹羅王國における政治・勢力・宗教・・風俗・商業・その他著名の事項に關する記事  一六三六年同地東印度會社支配人ヨースト・スハウテン著
索引

藤田徳太郎『女性と古典の教養』葛城書店 1943

「hujitajosei.pdf」をダウンロード
女性のための古典
 古典の現代的意義
 母のための古典精神
 古典に現れた愛情
 枕草子
 大鏡
 祗園の三才女
 母のうたへる
女性のための國學
 國學の道
 賀茂眞淵の妻
 本居宣長と日本精神
 平田篤胤とその夫人
 幕末の勤皇烈女
  野村望東尼
  松尾多勢子
  大橋卷子
  兒島みつ子
  黒澤登幾女
  津崎矩子
  若江薫子
  有村蓮壽尼
  眞木小棹・他
  梅田信子
伴林光平
女性の精神と生活
 花に現れた女性精神
 日本人の感覺
 勅題と日本の歌
 勤勞精神の自覺
 新選「愛國百人一首」について

2006年5月 3日 (水)

彌富破摩雄『中島廣足』厚生閣 1944

彌富破摩雄は、1948年没 (http://www.n-museum.jp/kikakuten/h12-fa/kagakubunka.htm)

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第一編 傳記
 第一章 御小姓時代(寛政四年-文化十一年=廿三年間)
  一、廣足の父祖、別名、出仕
  二、廣足の隱居
  三、一柳千古へ入門
 第二章 島崎時代(文化十二年-文政四年=七年間)
  一、千古の上遊慫慂
  二、長瀬眞幸へ入門
  三、島崎の庵と白川の庵
  四、本居大平との關係 
  五、失意生活
  六、岡部春平の來訪
 第三章 長崎時代 其の一(文政五年-十二年=八年間)
  一、橿園の由來
  ニ、本間素當と和田千尋
  三、初度長崎行
  四、義妹の縁談
  五、長崎諏訪大宮司學校招請
  六、廣足の改名
  七、樺島遭難
 第四章 長崎時代 其の二(天保元年-弘化四年=十八年聞)
  一、平田篤胤訪問
  二、家庭の紛紜
  三、一柳千古
  四、廣定の養子
  五、自讃歌奉呈
  六、古山尹猷
  七、今井克復、中村元道の入門
  八、近藤光輔と青木永章
  九、伴信友との關係
 第五章 長崎時代其の三、(嘉永元年i安政三年=九年間)
  一、長綺に於ける橿園
  ニ、船曳大滋と橘守部
  三、著書出版
  四、長崎
 第六章 大阪時代(安政四年-文久元年=五年間)
  一、大坂に於ける橿園
  二、今井克復の記録
  三、得意生活
  四、熊本より召抱の内意
 第七章 國學師範時代(文久二年-元治元年=三年間)
  一、熊本に還る
  二、新屋數の賜邸
  三、時習館出仕
  四、辭世、墓地
 第八章 餘説
  交遊

第二編 學問
 第一章 語學
  一、詞の八衢補遺
  二、玉霞、窓の小篠
  三、詞の玉緒補遺
  四、増補雅言集覽
 第二章 文學
  一、御小姓時代の歌風
  二、長崎時代の歌風
  三、長崎時代の影響
  四、幤の時代と水島
  五、歌の意識
  六、本間素當との問答
  七、晩年の歌風
  八、文章と隨筆
第三編 思想
 第一章 壯時の言擧
 第二章 山縣太華の所論を駁す
 第三章 橘守部、長澤伴雄との思想的關渉
 第四章 最後の告白
第四編、著書目録
 一、語格に關するもの
 二、和歌に關するもの
 三、詞文に關するもの
 四、日記・紀行に關するもの
 五、考證に關するもの
 六、隨筆に關するもの
 七、道義に關するもの
 八、註釋に關するもの
 九、創作に關するもの
 十、國史に關するもの
 十一、雑纂
第五編 年譜、家譜
 一、中島廣足略年譜
 二、中島家々譜

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