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2006年7月30日 (日)

平山蘆江『長崎出島』

会話は長崎方言。ヅーフも「一体どうなるとですか」のような長崎方言を使うが、「「御先祖のお祭りをする、これ、本当に好い事です。」のような、外国人らしい話し方もする。

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目次
蘭館十五夜
西役所秋風
異國壽娯六
どんごろす
唐人の喧嘩
蘭館會食
阿蘭陀冬至
母國の便り
出船の白帆
花のお江戸
二度の白帆
道富丈吉
二つの愛兒

2006年7月29日 (土)

保科孝一『国語問題五十年』

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  まえがき
(一)人生は運命のなぞ
(二)明治初年の國語問題
(三)わたくしの国語問題関与の動機
(四)文部省嘱託となる
国語教育の実況視察
新小学校令の発布
(五)学校視察の思い出ばなし
飛騨旅行のそう話
(六)新小学校令の実況視察
(七)国語調査機関の設置
(八)文部省のかなづかい改訂
(九)わたくしと国語問題の因縁
(十)三期にわかれるわたくしの経歴

  明治時代後期の國語問題
(一)明治初年の國語問題
(二)日清戰争直後の國語問題
新國字問題
かなローマ字問題
(三)言文一致の問題
國語文法の発逹
口語文の普及
(四)國語調査委員会の設置
國語調査の方針発表
國語調査委員会の業續
(五)かなづかい改定の計画
文部省のかなづかい改定案と反対の氣運
臨時仮名遺調査委員会の設置
新小学校令にかける字音かなづかいの徹廃
(六)國語調査委員会の業績
口語文と口語法
口語文典の発逹

        留学時代の國語問題
(一)わたくしの欧州留学
ベルリン到着当日の失敗
ドイツにおける標準語教育の徹底状
(二)ドイツ小学校國語教授の概況
(三)政治的國語問題と文化的國語問題
政治的國語問題の実質とその範囲
ポーランドの政治的國語問題
オーストロハンガリーの政治的國語問題
スウィスとベルギーの政治的國語問題
イギリスにおける政治國語問題
ドイツにおける政治的國語問題
バルカン半島における言語鬪爭
トルコ語の衰退
(四〉ハンガリー旅行そう話
(五)文化的國語問題の実質とその範囲
欧米におけるつづり字改良運動
フランスの国語尊重愛護の状況
ドイツの外来語受入れ状況
アカデミーの国語統制力
ドイツの外來語排除運動
フランスの文法整理
(六)アルバニア・ロシア・ドイツ・トルコ・中國の國字問題
(七)國語問題と國語教育の関係
ドイツ小学校の國語教授法
ドイツ小学校の課外読物
イギリス小学校の國語教授状況
教員の責任感の発逹
わが國におけるダルトンプランの失敗

    大正時代の國語問題
(一)國語調査会の廃止とあと始末
臨時教育調査会の設置
(二)文部省國語調査開始──漢宇の字体整理
欧米における國語問題資料の紹介
音韻及口語法分布図とその報告書の作成と焼失
國語教授の指導
(三)文部省訓令の口語化
(四)臨時國語調査会の設置
常用漢字表の発表
各新聞社の常用漢字実行
(五)かなづかい改定案と字体整理案の発表
かなづかいの改定資料
当字の廃止
(六)法令形式の改善に関する内閣訓令

      昭和時代の國語問題
(一)ローマ字問題
臨時ローマ字調査会官制発布
標準式と日本式との差異
訓令式ローマ字の発布
連合軍最高司令部のローマ字つづりに対する指令
わが小学校におけるローマ字教育
(二)國語國字問題の御進講
文部省の新かなづかい採用決定
これに対する反対
(三)常用漢字表の修正
仮名遣改定案の修正
臨時國語調査会を諮問機関に改組
國語審議会官制発布
四ケ條の諮問事項
漢字字体整理案
(四)標凖漢字表の発表
文部省案の標凖漢字表
新字音仮名遣表の発表
陸軍の兵器の名称と用語の簡易化
漢字の大制限とかなづかいの改定
近代科学戰における漢字とかなづかいの障害
資源局企画院の産業用語の整理
(五)國語協会の設立
同協会の活動
國語協会と國語愛護同盟・言語問題談話会の合同
月刊雑誌國語運動の発刊
國語協会とカナモジ会の共同運動
(六)大正時代は國語教育の全盛時代
昭和時代における國語教育の衰微
新日本の建設と國語尊重の重要性

     終戰後の國語問題
終戰後わが社会状勢の変化
標準漢字表の調査
当用漢字表の成立
当用漢字音訓の整理
義務教育用漢字(当用漢字別表)の選定
現代かなづかいの成立
現代かなづかいの使用範囲
口語文の普及
南会長の永眠
国語問題に対する南会長の信念

    むすび
漢字整理の諸問題
漢語の整理
固有名詞と字の制限
標準語の制定と方言の調査
方言辞書の編集
音韻組織の確立
標準文法の整理
標準語辞典の編集
(三)かなづかいの問題
送りがなの整理
句読法の確立
わかち書きの整理
文体の改善
国語の統制
敬語および外来語の統制
日本語の海外普及
東亜諸民族間に日本語の普及
欧米各國における日本語講座
インドネシア諸島の日本語

2006年7月19日 (水)

直木三十五「荒木又右衛門」

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2006年7月 3日 (月)

摩嶋松南『娯語』

娯語 四卷 摩嶋松南著
 本書は其自序に、娯語とは何ぞや、自ら娯むなり、自ら説き自ら娯む、或は學術を論し、或ば雜事を記す、得るに隨つて之を録す、固より序次なし云云とありて、學事あり、史談あり、感慨あり、讀者をして趣味津々たるを覺えしむ。所收本は、天保十五年の刊本による。
 著者松南は名は弘、字は子毅、京都の人なり。若槻幾齋及び猪飼敬所に學ぶ。天保十年に歿す、年四十九。著す所、尚書説、論語説等あり。
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冢田大峯『解慍』

解慍  一卷  冢田大峯著
 本書は君道臣道を論じ、賢能の士の登庸せられざるを歎じたる者にして、十解に分てり。開卷の小序に云、凡そ先王の道を學ぶもの、既に自得する所あれば、則ち王侯の爲に用ひられて、以て之を國家に行はとん欲するなり。而るに未た嘗て用ひられざれば、則ち慍怫あるを免れす。虎亦未だ君子たる能はず、則ち慍せざるを得ず、因て解慍を述べて、以て南風の薫を仰ぐと云と、以て述作の意の在る所を知るべし。本書は安永四年、大峯三十一歳の時の作なり。所收本は安永年間の刻本による。
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2006年7月 2日 (日)

冢田大峯『隨意録』

隨意録  八卷  冢田大峯著
 本書は經子史傳文藝より俚言俗事に、至るまで、見聞する所,感する所、逐次之を筆録せる者にして、記事博雜多樣なり。本書第八卷に、虎也今年八十三、獪業讀書。の文あり、又季子愿の跋に、文政己丑の春、剞〓工成る、然れども翁今年八十五、耳目猶全く、日夜筆研を離れず、孳々汲々たり、則ち豈今より其録する所幾十倍なるを識らんや云云と。其の老いて益々壯なりしを知るに足れり。所收本は文政十二年の刊本による。
 著者大峯は名は虎、字は叔貔、通稱は多門。信濃の人なり。初め父に學びて程朱の學を奉せしが、後自ら古今の書を研究し、一家の見を立つ。紀尾兩侯その門に學ぶ、寛政異學の禁の令あるや、上書して其不可を論ず、言極めて激切なり。後、尾藩の明倫堂督學に擢んてらる。天保三年に歿す、年八十八。冢註論語、論語群疑考、冢註六記、孟子斷、荀子斷、聖道合語、聖道辨物等、著述多し。
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尾藤二洲『擇言』

擇言 一卷寫本 尾藤二洲著
 本書は理氣體用其他修養上の説を記せる語録なり。著者の小序に、感あれば輙ち記す、初を素餐と曰ひ、次を擇言といふ云云。素餐録の續編として、并せ讀むべきものなり。
所收本は明遠館叢書本を底本とし、外數種の寫本を參稽して校訂したり。
 著者二洲は伊豫の人、名は孝肇、字は志尹、昌平校の教官たり。其學程朱を宗となす。文化十年に歿す、在六十九。正學指掌、素餐録、冬讀書餘、靜寄餘筆等の著あり。
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五井蘭洲『瑣語』

瑣語  二卷  五井蘭洲著
 本書は學事史談、其他見聞の雜事を録し、且つ感想を述べたる者にして、警拔にして妙趣あり。下卷春和陽舒の章の如き、其感慨の一端を見るべし。中井竹山の跋に云、高卓瀟洒、警發の益多しと。適評と謂ふべし。所收本は明和四年の刊本による。
 著者蘭洲は大坂の儒者なり。名は純禎、字は子祥。其學程朱を以て宗とす。寳暦十二年に歿す、年六十六。非物篇、質疑篇、考槃堂漫録等の著あり。
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伊藤東涯『間居筆録』

間居筆録  四卷寫本 伊藤東涯著
 本書は東涯晩年の稿に属し、其嗣東所の編次校訂に係り、(序文參照)上中下三卷、及ひ拾遺一卷より成る。本篇は主として道義學事を論し、拾遺は讀老子、觀梵書の二篇にして、前者は老子林註の儒書を以て老子を解せるを斥し、後者は宋儒の性理説と佛教との類似點を擧げ、宋學の孔子の道に異なるを論せり.
 所收本は伊藤家の所藏に係る東所校訂本に據りたり。而して同家當主伊藤顧也氏の好意により、本叢書に收めて刊行するを得たり。謹んで感謝の意を表す。
 著者東涯は名は長胤、京都の人にして、仁齋の長子なり。博覽強記、能く家學を紹述し、著述極めて多し。元文元年に歿す、年六十七。

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