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2006年8月22日 (火)

鹿嶋正二「類聚歌合についての一考察」

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2006年8月14日 (月)

坪谷善四郎『博文館五十年』

坪谷善四郎(1949年没)

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 目次
第一編 創業時代
 明治二十年
  緒言
   創業の館主大橋佐平翁
   大橋新太郎氏
   博文館の創業
   「日本大家論集」の創刊
   創刊の廣告法と其反響
   山本留次氏
   幻堂、内山正如氏
   「日本之教學」と「日本之女學」の創刊
   大橋松子夫人の上京
  「日本之商人」の創刊
 明治二十一年
  「日本之殖産」と「日本之法律」の創刊
  大橋新太郎氏の上京
  本町一丁目の編輯局
  此年夏に創刊の諸雑誌
  出版界へ進出
  水哉、坪谷善四郎
  柏軒、松井廣吉氏
  大野金太邸氏
 明治二十二年
  出版事業に躍進
  帝國憲法發布の祝宴
  「國會」と「日本之少年」の創刊
  江戸開府三百年祭
  出版の續發と編輯部移轉
  發行雜誌の整理
第二編  出版界躍進時代
 明治二十三年
  新年の雜誌と編輯員
  質軒、岸上操氏
  「講習全書」の出版
  「日本文學全書」の出版 
  「日本歌學全書」の出版
  帝國議會開院式に館主の參列
  東京堂の創立
  大橋省吾氏及同修策氏
 明治二十四年 
  新年の各雜誌と編輯局員
  「温知叢書」と「日本文庫」の出版
  「少年文學」と「歴史讀本」の出版
  「日本百傑傳」と「日本法典全書」の出版
  「學術共進會」と「筆戰場」の創刊
  其他此年發行の單行本
  小學教科用書出版に着手
 明治二十五年
  新年の各雜誌ど擔任者
  定期刊行本と其郵便料改正
  小學教科用書の出版と其絶版
  史傳、脚本、漢文學本の出版
  本町三丁目へ移轉
 明治二十六年
  中等教科書と普通教科書の出版
  其他此年主要の出版
  「靖献遺言講義」と「日本文庫」
  盛文館と岸本榮七氏
  館圭の歐米巡
  総輯局員の移動と雜誌の興廢

第三編 日清戰役前後
 明治二十七年
  新年の出版物及各雜誌
  「明治秀才千人文集」
  内外通信社の創設
  内外通信杜と高橋光威氏
  「日清戰爭實記」の創刊
  戰爭關係の各出版物
  大橋修策氏の死去
  乙羽、大橋又太郎氏の入館
 明治二十八年
  「太陽」の創刊
  「少年世界」の創刊
  「文藝倶樂部」の創刊
  博文館と硯友社との關係
  小波、巖谷季雄氏
  杉山常次郎氏
  始めて懷中日記の出版
 明治二十九年
  當時本館の雜誌と書籍
  「太陽小説」の發行
  三陸海嘯と大橋乙羽氏の活動
  創業九周年祝宴
  「文藝倶樂部」の發展
  「少年世界」と「少年文集」
  戰史及戰爭物の出版
  此年出版物の異彩
  早稻田大學出版物引受
 明治三十年
  英照皇太后御大葬
  創業十周年「太陽」記念號
  「外國語學雜誌」の創刊
  石黒忠悳男と「况翁閑話」
  博進社洋紙店の發端
  此年主要なる出版物
  「明治小説文庫」の創刊
  天溪、長谷川誠也氏

第四編 館外事業發展の初期
 明洽三十一年
  館主父子の活動と館員の異動
  東京奠都三十年祭
  其頃の「太陽」記事
 「帝國百科全書」の創刊
 「逋俗百科全書」及「日用百科全書」の創刊
 「中學世界」の創刊及其他の異動
 大橋光吉氏の入館と養子縁組
 博文館印刷所の創設
 明治三十二年
  此年の雜誌と圖書
  新年號「文藝倶樂部」口繪の偉觀
  大橋幹二氏の博愛堂藥店開業
  舘主の東京商業會議所議員當選
  「明治十二傑」の出版
  「太陽」の實歴史傳
  伊藤侯大隈伯の撮影問題
 明治三十三年
  各雜誌の異變と編輯局員
  邇刊新聞「太平洋」の創刊
  「幼年世界」の創刊
  大橋乙羽氏の洋行と「乙羽十著」
  「東洋戰爭實記」の發行
  坪谷善四郎の北清從軍
  巖谷小波氏の獨逸行
  高山林次郎氏病む
 明治三十四年
  人事上の異動
  露伴の傑作「二日物語」
  發行各雜誌の異動
  「女學世界」の創刊
  大橋圖書館の創立出願
  大橋乙羽氏の死去
  中江兆民氏の「一年有牛」其他
  老館主の逝去
第五編 日露戰爭前後
 明治三十五年
  新年の出版物及各雜誌 
  懸賞寫眞毎月募集開始
  羽田福太郎氏の入館と略歴
  大橋圖書館の落成と開館
  「太陽」記念號「海の日本」發行
  「太陽」の海外發展と編輯局の異動
  思案、石橋助三郎氏
  館主の衆議院議員當選
  樗牛、高山林次郎氏逝く
  各雜誌の定期増刊
 明治三十六年
  「實業世界太平洋」 と「公民之友」創刊
  日本書籍株式會社の創立
  尾崎紅葉氏の死亡と「紅葉全集」出版
  樗牛會創立と「樗牛全集」出版
  「大日本地誌」の出版
  此年好評の出版物と雜誌増刊
 明治三十七年
  新年の雜誌と丗版物
  「日露戰爭實記」の創刊
  「日露戰爭寫眞畫報」の創刊
  第二軍從軍寫眞班派遣、
  各方面に戰地の通信囑託
  博進社印刷所の火災
  編輯局員及雜誌の異動
  軍事關係書の出版
 明治三十八年
  印刷工場再築の急工事
  薩迦連島へ從軍記者派遣
  館員の異動
  「日露戰爭實記」の完結
  軍事に關する出版物
  大連に出張所の新設
  東亜公司の創立
第六編 戰後經營時代
 明治三十九年 
  「幼年畫報」創刊と他の雜誌改題
  新年各雜誌附録と雙六
  「日露戰史」發行
  「文章世界」と「農業世界」の創刊
  「物理學講義録」の創刊
  本館増築落成
  桂月、大町芳衞氏
  館員の更迭と館主の渡清
  「太平洋」の改題と「少女世界」創刊
  本年の主要出版物
  此秋の館員更迭
  鶯塘、武田櫻桃四郎氏
 明治四十年
  大橋進一氏の婚儀
  「英語世界」と「數學世界」創刊
  「鐵道汽船族行案内」創刊
  創業二十周年記念祝賀會
  祝賀會に館主の挨拶
  大隅重信伯の祝辭演説
  坪谷善四郎の海外派遣
  此年の主要なる出版物
 明治四十一年
  「冒險世界」と「實業少年」の創刊:
  館主の歐米各國視察
  春汀、鳥谷部銑太郎氏死去
  此年主要なる出版物
  此年蚕要なる館員の動靜
 明治四十二年
  浮田和民博士等の入館
  鳥谷部春汀の追悼會
  「太陽」の新進二十五名家投票募集
  發行日前雜誌の發賈差止問題
  此年の圭要なる出版物
  主要なる館員の動靜
  日記出版種類の増加
第七編 明治大正變遷期
 明治四十三年
  「太陽」と京都帝國大學の連絡
  「少年世界」「少女世界」の宣傳運動
  印刷用紙關税改正反對運動
  館主の渡清實業團參加
  全國學生大競走會の開催
  此年編輯局員の異動
  此年の主要なる出版
  大橋幹二氏の博通社創立
 明治四十四年
  創刊四雜誌の概觀
  東京堂主大橋省吾氏死去
 「農業世界」の農界十傑投票
  此年主要なる人事の異動
  此年の主要なる出版
  將棊書の出版
  野球界社の「野球界」創刊
 明治四十五年(大正元年)
  管理部分新設と内山正如氏隱退
  「地球」の創刊
  「演藝倶樂部」及「淑女畫報」創刊
  長谷川誠也氏の歸朝
  創業二十五周年祝賀會
  二十五周年の記念出版 
  明治天皇崩御と乃木大將殉死
  此年主要の出版
  人事移動の多かりし年
  桂舟、武内〓〔金辰〕平氏
  田山花袋氏及前田晁氏
 大正二年
  東京堂の類燒 
  大橋正介氏の死去 
  「地球」廢刊「生活」創刊
  淺田彦一氏の朝鮮支那視察
  支配人羽田福太郎氏の歐米巡視
  陸海軍の厚意
  此年の主要出版物
第八編  世界大戰時代
 大正三年
  博文館書店の創設
  「歐洲戰爭實記」の創刊
  青島攻撃軍に澁川玄耳氏派遣
  此年主要なる出版物
 大正四年
  本館印刷所の火災
  「講談雜誌」の創刊
  「家庭雜誌」の創刊
  「太陽」の「御即位大禮記念號」
  此年の主要なる出版物
  鐵道院の案内書類受托出版
  「西國立志編」の出版
 大正五年
  雜誌値上げの同業組合臨時總會
  坪谷善四郎の南洋視察
  巖谷小波氏の御前御伽講話
  少年部の日本海軍充實資金募集
  立太子式奉祝歌懸賞募集
  此年の主要出版物
 大正六年
  各種の記念事業
  「大日本地誌」完成、「歐洲戰爭實記」終刊
  館主母堂の逝去
  株式會社/東京商會の創立
  編輯局の大革新
  本年の主要出版
  其後の坪谷善四郎
 大正七年
  大橋進一氏夫人の逝去
  「ポケット」の創刊
  大橋育英會の設立
  此年の主要なる出版
  博文館の組織變更
第九編、株式會社の新時代
 大正八年
  社長大橋進一氏就任
  好景氣の新年に數多の事故
  上村恭三氏の死去
  「寸鐵」の創刊
  羽田福太郎氏の死去
  星野準一郎氏の入館
  本石町三丁目へ移轉
  雜誌代價共同引上
  此年主要なる出版物
 大正九年
  「新青年」の創刊
  「少年少女/譚海」の創刊,
  「美術寫眞畫報」の創刊。
  株式會社/大橋本店の創立
  此年の圭要なる出版物
 大正十年
  「新文學」の創刊
  「幼女ゑ雜誌」の創刊
  館主の米英訪問實業團員として外遊
  此年の主なる出版物
 大正十一年
  「新趣味」の創刊
  遠藤好夫氏の死去
  此年の主要なる出版物
 大正十二年
  大橋圖書館改築の計畫
  大橋武雄氏米國留學と佐藤憲斌氏の死匸
  關東大震火災にて本館の罹災
  當時本館圖書雜誌等の被害
  館主と大震災
  羅災後の應急處置
  博文館印刷所の慘害
  淺田彦一氏の辭職
  此年編輯部員の異動
  此年の主要出版物
 大正十三年
  震災後の本館發行雜誌
  「獨立」の創刊
  早稻田大學と本館との關係
  此年の新刊書
 大正十四年
  大橋勇吉氏の副社長
  大橋光吉氏の海外視察
  その後の「農業世界」
  此年の主なる人事及雜誌異動
  此年の新刊圖書
第十編 昭和時代
 昭和元年(大正十五年)
  共同印刷株式會社の勞働爭議
  館主の重患
  本館社長及専務取締役の更迭
  此年の主要出版物
  大橋圖書館の復興
  館主の貴族院議員勅選
 昭和二年
  祝宴代りの大理石胸像 
  四十周年記念伊勢參宮
  「太陽」の廢刊と編輯局主幹更迭
  此年の主要出版物
 昭和三年
  此年の出版物
  「帝國文庫」の再刊
 昭和四年
  金澤文庫復興の寄附
  「朝日」の創刊
  此年の好評なりし出版物
 昭和五年
  社長及專務の更迭
  專務取締役吉谷専吉氏
  此年好評の出版物
 昭和六年
  「探偵小説」の創刊
  本館關係者の動靜
  此年の主要出版物
 昭和七年
  復興博文館の新築落成
  「大橋佐平翁傳」の出版
  本館の減資と増資
  此年の主要出版物
 昭和八年
  「科學の日本」創刊
  此年の主要出版物
 昭和九年
  大橋太郎氏の取締役兼支配人就任
  此年の主要出版物
 昭和十年
  「新少年」の創刊
  此年の主要出版物
  本館數多舊開係者の死亡
  本館舊關係者の招待會
 昭和十一年
  「石黒忠悳懷舊九十年」の出版
  此年の主要出版物
  支配人大橋太郎氏逝く
  江村、淺田彦一氏死去
  本館關係者人事異動
 昭和十二年
  日記の發展
  博文館五十周年記念出版
むすび
博文館出版年表(うわづら版では略す)

2006年8月13日 (日)

有坂鉊藏『発明発見物語』

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一 發明發見の初め(一)
二 發明發見の初め(二)
三 發明發見の初め(三)
四 食物(一)
五 食物(二)
六 食物(三)
七 食物(四)
八 住居
九 衣服
一〇 火 (火の起し方)
一一 マツチ
一二 火の用ひ方
一三 燈火
ー四 兵器
ー五 火藥
ー六 大砲・水雷
一七 農業
一八 近世の發明
一九 動力
二〇 船勲
ニ一 飛行機・飛行船
二二 氣球
二三 通信
二四 運輸
二五 時計

 何かにつけて新しいことを考へるのは、人聞の天性であります。大昔から今日まで長い間に現はれた新しい思付や、新しく見出されたものが重つて、現代人間の實生活に便利を與へ、又は興味津々として、我々を慰めるやうな、數々のものが生れ出たのであります。
 ですから、今日の文化といふものは、この發明發見の賜物であります。しかし民族の性質や交通などの關係によつて、發明發見に最も適したものもあり、又不適當なものもあります。この適否がその民族の文化の高いものと、低いものとの出來る基であり、又國の強弱の分れる原因であります。
 今の世に、電氣、蒸氣、水力、瓦斯などを自由に使つたり、飛行機や蒸氣船、汽車、電信、電話などを勝手に用ひたりする文化の高い國民は、長い間の經驗や科學の發逹や、他の國々と交通が便利で、その知識を澤山に吸收することの出來る位置にある關係などから、絶えす新しい思付や發見をするので、時と共にます/\進歩し、いよ/\強盛になるのであります。

これは、小学生全集ですが、日本児童文庫の 西村真次『発明発見物語』と読み比べるのもよいでしょう。 http://www.j-texts.com/jido/hatumei.html (J-TEXTS)

日本児童文庫『発明発見物語』は、挿絵の岡落葉の著作権が残っておりますので(1962年没)、挿絵を削除せねば公開できません。手間がかかりますし、既にテキストが、J-TEXTさんの方で公開されておりますので、そうするまでもないでしょう。

直木三十五『由比根元大殺記』

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宿命相
山峡愁
隱密
二路險難
密謀切斷
忠長行状
忍び合ふ影
江戸城攻略策
皐月成敗
相せめぐもの
隱密狩り
苦熱の宵
眠れぬ夜の椿事
有縁無縁
培ふ人
大炊擁撃
典六切腹
危急
由比落
幽鬼横行
二黨對立
退居の日
忠長蟄居
足洗火防
二つの道
哀別行
浪士不逞
傾斜を墜つ
浪人難
友情
長恨
人ごころ
楠木流軍學
收公の夜

落ちて行く
剃髪
將監最期

柱石
寶藏院流
楠不傳
補遺

南條文雄『道の話』

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目次
一拳五指
老子の三寳
各自端守
修身二十則
因縁和合
虚往實歸
丹〓六筬
一蛇の頭尾大を爭ふ
まこと
信の解釋
擇其善者
恃吾有待
攝受折伏
十波羅密多
目次終


 此書題して道の話と云ふ。謂ふ所の道とは、吾人の心に深く之を信奉して、日常に實踐躬行すべき道を云ふなり。中庸に引ける孔子の語にも、道は人に遠からず、人の道を爲して人に遠きは、以て道と爲すべからず。忠恕道を逹ること遠からず、諸れを己れに施して願はざれば、亦人に施す勿れとあり。故に孟子は之を敷衍して、吾が老を老とし以て人の老に及ぼし、吾が幼を幼とし以て人の幼に及ぼさば、天下をぱ掌に運らすべし等の語あり。况んや我が佛敏に説く所の道は、信を以て根元とし、淵源することは、華嚴經の説にも明かなるをや。此書に集むる所の話は、余の平素深く信じて疑はず、縁に隨ひ、機に應じて、各地に於て、反復談じ來りし所にして、別に新奇なる事實は有ること無しと雖も、若し閲讀一過精紳修養の參考ともならば幸なり。因りて發行者の需に應じ、率爾斯語を作りて以て序とす。
2
 
大正三年九月十九日京都眞宗大谷大學に在りて
           南條文雄識す

2006年8月12日 (土)

西田幾多郎『日本文化の問題』岩波新書

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 此書は一昨年の春、京大の月曜講義に於て話した所のものを敷演したのである。その時は一時間宛三囘の講演であつたから、此書は量に於て、質に於て、面目を一新した。併し兎に角、それが此書を書く機縁となつたのである。 「二」「三」「四」は、此の書に於ての如き問題を論するに當つて、根柢となる私の考の要點を述べたものである。 「五」以下はそれを基として、東西文化の問題、日本精神の問題を、如何なる點から如何に見るべきかを考へて見たのである。此等の考は私が未だ之を專門的に考究したのではなく、自分の哲學的體系に沈潛する傍、心に浮び來つたものを記したものに過ぎない。その未熟なることは云ふまでもない。唯、大方の教を乞ふのみである。 「二」から「四」までは、右に云つた如く私の考の要點を此處に必要なだけ述べたのであるから、哲學專門の人には簡に過ぐると思はれるでもあらう。それ等の人は私の「哲學論文集」について詳細を知られんことを望む。又哲學的思索に慣れない人には、あまりに專門的にして理解し難いと思はれるかも知れない。それ等の人は「五」以下だけによつてでも、私の云はんと欲する所を、大體に於て了解せられるであらうと思ふ。
 「學問的方法」と云ふのは、昭和十二年の秋、日比谷に於ての講演の要領である。文部省教學局の教學叢書の中に收められたものであるが、教學局に願つて此書の終に附加することとした。

昭和十五年二月
著者

日本文化の問題
附録 學問的方法

西晋一郎『東洋倫理』

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 本書は東洋倫理とは稱するが、歴史的論述でばなく、一般に倫理の成立について考へ、又主として儒教倫理思想に參酌して、我が國體及び道徳が、普遍的道徳眞理の背景を有ちつつ、如何なる特殊内容を發展して居るか、卑見を多方讀者の前に陳べたものである。餘論として岩波哲學講座所載、徳川時代の朱子學・仁齋學・徂徠學の相互連貫についての論述を附け加へた。
昭和九年三月
西晋一郎


目次
序言
一 學の概念について
二 倫理の成立
三 政教一致
四 經濟道徳一致
五 祭政一致
六 眞理と教學
七 義理の究明
八 餘論

附録 朱子學・仁齋學・徂徠學について
  序言
 一 儒教の傳來
 二 支那宋學について
 三 程朱學説の大要
 四 仁齋の學
 五 徂徠の學

藤田徳太郎『国文学雑説』

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 大正十二年二月から昭和七年一月まで丁度十年間、時々に書き認めた文章を集めて、此の一册を作つた。
 私の專門は日本歌謠の研究にあるのであるが、本書の中には、歌謠研究の文章は一つも收めなかつた。私の書いた文章は、歌謠に關するものが大部分であるが、それをすぺて省いた。併し、本書に收めた文章の中にも歌謠に言及したものが若干ある。
 總説以下各時代に分つて分類した。文章の内容は、史的考察あり、註釋あり、考證あり、書籍解題あり、又國文學入門の手引として書いたものや、可成り專門的な内容のものや、その目的は種々雜多であるが、もしそれらの文章の中に一貫した統一的主張を求めるとすれば、それは、國文學研究に對する、一つの新精神《ヌーボーエスプリ》の流れが見出される事であらう。では、その新精紳とは何であるか。これは本書自身が解答を示すであらう。……

總説
 口誦傳承の文學
 小説發逹の一考察
 古代小説史
 物語文學史
  一、古代小説の意義
  二、源氏物語以前
  三、源氏物語
  四、源氏物語以後
  五、堤中納言物語
  六、鎌倉時代の物語
  七、お伽草子、假名草子
  八、近世の擬古物語
  九、結語

上代文學
 萬葉集に現れたる上代思想
  上篇 日本思想
   一、自然觀
   二、戀愛觀
   三、國家觀
   四、宗教思想
   五、藝術觀
   六、人生觀
  下篇 外來思想
   一、佛教思想
   二、老莊思想
   三、儒教思想
   四、結語
 懐風藻序文註釋
  第一段
  第二段
  第三段

中古文學
 叡智の光
  ー平安朝文學の一面的觀察-
 平安朝物語文學概説
 古今集の研究に就いて
  一、諸本
  二、成立
  三、撰定
  四、作品

中世文學
 中世文學の一觀點
 中世物語の特性
  -七夕物語に就いて-
 源氏大鏡と三帖源氏と十二帖源氏と源氏淺聞抄
  源氏大鏡
  三帖源氏
  異本源氏大鏡
  十二帖源氏袖鏡
  源氏淺聞抄
  源氏無外題
  源氏の物語のおこり
 切支丹文學の事

近世文學
 近世雅文概説
 近松と西鶴
 近松の曾我物に就いて
 俳諧源氏と田舍源氏
 西行と良寛
  附り、歌人花街に遊ぶ事1
 妙々奇談
 妙々奇談餘言(森銑三) 【うわづら版では削除】

明治初期文學斷片

     口繪寫眞版
  一、懐 風 藻 (天和四年版)
  二、清輔本古今和歌集(傳藤原清輔筆)
  三、切支丹版扉紙
    天草本平家物語(交祿元年版)
    ぎや・ど・べかどる〈慶長四年版)
  四、俳諧源氏(傳建部凉岱筆)

2006年8月11日 (金)

岡田希雄「五十音分類體辭書の發逹」

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岡田希雄「口遊は抄略本か」

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黒田亮『痩松園随筆』

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蛇の縁
大學教育と就職問題
下等動物の聽覺
猫にマタタビの誘惑
松室致先生
「享保義民庄屋利左衞門」序
失敗の歴史
滑稽綴之軍書序
文化
洋行をせざるわけ
八田校長
三省録を拾ひ讀む
窮せざれば通ぜず
轉宿雜感
國學者の「ござる」と禪坊主の「ぢや」
科學に於ける詩
古本を通じて見た昔の朝鮮

試驗管の中の蠅
故人濱中君を憶ふ
廢物の利用
學者の怯懦
カムルチのグロ
故今西教授と私
再び蠅に就いて
朝鮮婦人の洗濯
岩元先生と廣田さん
學校の履邉ひ

二十唯識論述記と略述法相義
水野南北に於ける相學の發展
出稼ぎ
宙に迷ふ大學
衆生の恩
法隆寺から
黒板
算盤の運算と國字の横書き
中國地方田植風景
大同房基辨の事ども
黒田玄鶴
迷信を嘆く
實驗裝置を頁に取付けた書物
案山子
梶山爲夫氏の腦の五重奏實演を見る
「青丘雜記」所感
三圓五拾錢の定家卿眞筆
古往今來
京城の動脈を打診する
豐國の錦繪
飛んで火に入る夏蟲の心理
ヂュマ教授の印象


 痩松園の名は天保六年に物故した黒田玄鶴の用ゐたものを借りたもの、玄鶴の事績については本書中「黒田玄鶴」に其の大要を載せて置いた。此の名を襲用するのは、生前其の志す所が周圍の者から理解して貰ふことが出來なかつたと思はれる故人に對する深き同情からである。玄鶴が其の著書に痩松園藏版と命名したに傚つて、私は自分の藏書に痩松園文庫の名を與へた。せめて之に依つて故人の靈を慰めることが出來たらと考へてのことである。
 本書に收められた隨筆は著者の最近四五年に亙つて隨時執筆したものに係り、其の内には新聞や雜誌に一度發表したものもある。斯かる隨筆集が世の中に迭り出されることがどれ程の意義あるものか不明であるものの、流れに浮ぶうたかたの如く、著者の腦裏に徂徠する折々の感想や觀察があとかたも無く消えて行くのは、貧しい乍らも惜しいやうな氣がする爲めに、其の都度書き留めて置いたのが相當の紙數になつたので、今度出版書肆にお願ひして刊行して貰ふことにした。
 嘗て著者は學生時代に藝術創作の心理に興味を感じ、この方面の文獻を捗獵したことがあつた。ところが其後に自分自身の仕事を自分で苦心し工夫するやうになつてから、創作には、藝術と云はず、科學と云はず、凡て共通した因子の嚴存することを確めることが出來た。一片の隨筆であつても、此の因子を歓いてるものには生命の無いことを筆者自身親しく之を確證するであらう。天台に所謂未分の内證に肉が盛られ血が通はせられて其處に新しいものが作り出される。此の意味に於て、私の仕事は私自身の藝術である。生命の吹き込まれた隨筆は、其の取材が何であつても、私の詩である筈である。藝術であり詩であるからと云って、それは必ずしもよき藝術、すぐれた詩であるとの意味では勿論ない。少くとも私自身の生活から生れた藝術であり詩であることに詐の無いといふに過ぎない。自分の仕事を發表すると同じ意識に於て、私は私の隨筆を公にすることが許されるだらうと思ふ。
 只併しこれは結局著者の内證の域を出ないのであつて、本書を公刊して貰ふについて出版書肆に何かの迷惑をかけなければ宜いがと懸念する。が著者の内證が幾人かの讀者に通じ得るならば多幸である。
   昭和八年十二月二十五日
                   岐阜市外加納町寓居にて
                         著者識

『勘の研究』でも有名な黒田亮は1947年没。

瀧田貞治「西鶴語彙編纂意見」

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 私はこゝ數年來、「西鶴語彙」(假名)の編纂を志し、その間病氣の爲め丸一年全く手を觸れずに來た年もあるが、大體に於てこの事業を念頭より放した事なく、十ケ年計畫の日子も漸く二年先には滿ちようとし、同時に、ほゞ編纂も完了するであらうといふ目鼻がつく所まで漕ぎつける事が出來た。尤も現在未解決の部分も多いが、私が、この「西鶴語彙」を如何に編まうとし、然して現在如何に編みつゝあるかを敢て茲に披瀝して、博雅の垂教を仰ぎ、足らざるを補ひ、併せて誤まれるを正さんとする者である。

2006年8月10日 (木)

島津久基『国文学ノート』1947

第一部 (小考と記要)
 忠度の逸話と行盛
 太平記管見
  一、太平記と敬稱
  二、源平の戦
  三、昨木隱士-遊和軒朴翁
  四、北野通夜物語と梅松論附三人法節
  五、親房と太平記作者
  六、太平記の題名
 徒然草と讃岐典侍日記
 成尋阿闍梨母の歌について
 正日考
 らう/\し・らうたし
 なまめかし(附なまめく)
 座右記帖より
  直譯體と古典語法
  伊勢大輔と「から」
  「限りなき」と「限りある」
  「例の」
  「らうたげ」と「繭蘭け」
  打橋
  都牟刈之大刀

第二部(斷想と隨録)
  一
 古典
 古典の語感
 觀光か復興か
 国学者の国学批判
 舊註の註釋態度
 歴史文学・歴史伝説
 自問自語
 「そらごと」の「まこと」
 人間と學問
  真淵と宣長
  いみじきひがごと
  守部の新見解
  研學の一方法
  倶學倶進

  二
 白兎伝説
 藤村ー眞淵ー萬葉
 葛城の襲津彦
 「み山もさやに」の歌
 後撰拔書
  一、敏行朝臣
  二、なさるな
  三、字餘り考
  四、物のあはれ
 慈圓の歌
 支考の句
 心敬と傳統
 言道とユーモア
 良寛の歌など
 相似相通
 蕪村と新體詩

   三
 ラヂオとラジオ
 敬譲語の濫用・混用
 文語と口語との混線
 清女の敬語論
 夕だてや 文法學者馬琴
 名詮自性
 土佐と伊豫

  四
 八重垣姫の名
 虚にゐて實を
 佐々木高綱入道
 奇想・追想・凡想
 宣長翁の民俗學
 紅葉狩と戸隱
 妻科と妻なし
 或民話の話者と採集者とのはなし

  五
 郷言の中から

あとがき
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2006年8月 5日 (土)

小山内薫『芝居入門』

大正13年

役者の藝
芝居の稽古
舞臺の變遷
脚本の味ひ方
舞臺監督の事
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保科孝一『和字正濫抄と假名遣問題』ラジオ新書77

    目次
第一章 假名遣問題のおこり
第二章 定家假名遣について
第三章 徳川時代文藝の復興
第四章 和字正濫抄の出現
第五章 和字正濫抄の反響
第六章 古典假名遣の普及
第七章 歴史的假名遣と表音的假名遣

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