« 西田幾多郎『日本文化の問題』岩波新書 | トップページ | 直木三十五『由比根元大殺記』 »

2006年8月13日 (日)

南條文雄『道の話』

「南條文雄『道の話』」をダウンロード

目次
一拳五指
老子の三寳
各自端守
修身二十則
因縁和合
虚往實歸
丹〓六筬
一蛇の頭尾大を爭ふ
まこと
信の解釋
擇其善者
恃吾有待
攝受折伏
十波羅密多
目次終


 此書題して道の話と云ふ。謂ふ所の道とは、吾人の心に深く之を信奉して、日常に實踐躬行すべき道を云ふなり。中庸に引ける孔子の語にも、道は人に遠からず、人の道を爲して人に遠きは、以て道と爲すべからず。忠恕道を逹ること遠からず、諸れを己れに施して願はざれば、亦人に施す勿れとあり。故に孟子は之を敷衍して、吾が老を老とし以て人の老に及ぼし、吾が幼を幼とし以て人の幼に及ぼさば、天下をぱ掌に運らすべし等の語あり。况んや我が佛敏に説く所の道は、信を以て根元とし、淵源することは、華嚴經の説にも明かなるをや。此書に集むる所の話は、余の平素深く信じて疑はず、縁に隨ひ、機に應じて、各地に於て、反復談じ來りし所にして、別に新奇なる事實は有ること無しと雖も、若し閲讀一過精紳修養の參考ともならば幸なり。因りて發行者の需に應じ、率爾斯語を作りて以て序とす。
2
 
大正三年九月十九日京都眞宗大谷大學に在りて
           南條文雄識す

« 西田幾多郎『日本文化の問題』岩波新書 | トップページ | 直木三十五『由比根元大殺記』 »

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/2685/3038461

この記事へのトラックバック一覧です: 南條文雄『道の話』:

« 西田幾多郎『日本文化の問題』岩波新書 | トップページ | 直木三十五『由比根元大殺記』 »

最近のトラックバック

2013年12月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31